2023北海道ツーリング 追記

今年もまた、華の無い旅をしました。

1日目  0温泉1ソフト
2日目  2温泉3ソフト
3日目  2温泉2ソフト
4日目  2温泉3ソフト
5日目  0温泉1ソフト
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合計   6温泉10ソフトクリームでした。

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今回の道内の足跡。

日高の西麓は、趣のある良い道がたくさんあった。

また、南十勝、東十勝(ともいうのかな?)のあたりでも、走り応えのある良い道をたくさん走ってきた。

道内2泊という限られた日程の中で、存分に走り回って、充実した良い旅ができたと思う。

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3日目に二風谷から十勝に向かう経路上、何気なく目に留まって立ち寄った「上貫氣別 學校」。
調べてみると、いろいろな史実が見つかった。

明治時代に新冠に御料牧場が造成された際、強制移住となったアイヌの行き先が未開の地、上貫気別だったそうな。

~~~~~~ 以下引用 ~~~~~~
北海道開拓使は1872年、新冠町を中心とした地域に約7万ヘクタールの広大な牧場を設置。
1884年、宮内省管轄となり、1888年に新冠御料牧場と改称。
軍馬の改良、増殖を担いました。
滑若(なめわか)村のアイヌは1872年、牧場造成に伴い、姉去(あねさる)村と万揃(まんそろえ)村に強制移住させられ、さらに1916年、姉去村から数十キロ離れた未開墾の上貫気別(かみぬきべつ、現平取=びらとり=町)に2度目の強制移住を強いられました(東北学院大学・榎森進名誉教授『アイヌ民族の歴史』)。
~~~~~~ 引用終わり ~~~~~~

そんなことがあったんだね。

この方は、その時の移住者の末裔だそうです。

広報にいかっぷ 2022/09 版 にも、新冠の歴史として強制移住に関する記載があった。

また、強制移住とは別に、荷負生まれで貫気別で育った 黒川セツ さんというアイヌの方の聞き取り調査の記録にも、上貫気別のことが書かれていた。

この資料は、かつてのアイヌの暮らしぶりが記録されている。
今回の旅で初めて足跡をつけてきた「荷負」「貫気別」「上貫気別」などという地名が書中の随所に出てきて、とても興味深いものだった。

黒川セツさんというのは、アイヌ文化の継承に尽力された方のようです。

聞き取りの資料は、他にもいろいろな事柄に関して語って頂いたものがいくつも残されているようなので、おいおい、少しずつ読み解いて行きたいと思っています。

「平取村立 上貫氣別◯學校」は、移住を余儀なくされ暮らすこととなった上貫気別の地の歴史の中で、重要な施設だったのだろうなと、想像に難く無い。

書いたり消したりの空白部分は、そのまま上貫気別の流転した歴史の足跡ってことなのだろうと思う。

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日高地方に於ける、アイヌと和人のあれこれは、たとえば今回泊まった二風谷地区でのダム建設用地に関する裁判とか、うっすらとそんなことがあったのか程度には知識としてあったのだけど、詳細については殆ど知りませんでした。

和人が鉄道を敷いて開発を進めるということは、先住民であるアイヌの土地を接収して奪ってきた歴史でもあるのかな。

このあたりについては、おいおいしっかり勉強して、正しい史実を知り、知識を深めて行きたいと思っている。

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ツーリングから戻り、しばらくしてバイクに乗ろうとしたら、再びヘッドライトが点かない症状が出た。

あれこれ弄り回して、ライトの中でメインON系統を接続しているPowerPoleのコネクタが接触不良を起こしていると判明。

普通のギボシに交換しました。
これでまたしばらく大丈夫かな。

これからも宜しく頼むよ(笑)

=== おしまい ===

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