2011東北ツーリング3日目 9/21(水)

ホテルの朝食は質素なバイキングでしたが、一応、パンと白飯とどちらもあり、おかずもヲレには充分なものでした。

台風が西日本に接近して、関西方面で大変な被害が出ているとTVで盛んに報じていました。

やっぱりというか、当然というか、やはり今日も雨。

今日はこの雨の中、八戸から三陸の海沿いを南下し、宮古あたりまで行き、そこから内陸に入り盛岡に宿泊する予定です。

盛岡で台風をやり過ごそうと決めました。
台風の進む速度や方向次第では、翌日まるまる部屋に引きこもる可能性もあったので、念のため盛岡駅前のビジホを2連泊で部屋を押さえました。

こちらは八戸で2連泊したビジネスホテル。お世話になりました。


まずは八戸のフェリー埠頭に行ってみます。
苫小牧行きの船が停泊していました。

中距離航路なので、青函航路に比べると船も大きな船でした。

八戸漁港は、復旧して普通に操業しているようでした。


このあたりには、どの程度の津波が来たんだろ?
海沿いの工場のトタンの外壁が、他人の背丈あたりのところで横一文字に凹んでいます。

これは、津波の水圧で凹んだんだろうな・・・

ふと見やると、駅に列車が滑り込んできました。


JR八戸線鮫駅です。


景勝地、種差海岸。





だいぶ雨風が強くなってきました・・・

波頭が白く崩れ、海は大荒れです。


階上駅に寄ってみました。
さっき立ち寄った鮫駅と同じような駅舎の造りですが、このスタイルがこのあたりの駅舎のデフォなのでしょうか?


駅前の観光案内図。この町に観光で来る人はいるのでしょうか?


階上駅は、列車の運行が再開しています。


JR八戸線は、訪問時の時点では種市⇔久慈間が不通となったままでした。

種市を過ぎて不通区間になると、線路を雑草が覆い隠していました。


玉川駅は不通区間ですが、それでも待合室を掃除している人が居ました。
委託業者には見えなかったので、地元の方かな?
どんなにか鉄道の再開を待ち望んでいることでしょう・・・


線路はもう、すっかり雑草に埋もれてしまっています・・・


久慈市に入るとそれまで走ってきたR45は海岸から離れてしまいます。

侍浜でr279に折れて、海の近く(と言っても山の中ですが)を進みます。


しばらく進むと、北侍浜野営場の案内看板があったので、行ってみることに。


海沿いの崖の上のなかなか良い感じのキャンプ場でした。

いつかのんびりテント泊したいな♪


台風を控えてさすがにテント張ってる人はいませんでしたが、自転車乗りの人が東屋の中にいるようでした。

近くには、日帰り入浴できるホテル「きのこ屋」もあり、快適なキャンプが出来そうです。
侍の湯きのこ屋


再びR45に戻り、久慈の街を目指します。
空を覆う雲がますます重苦しい感じになってきました。


久慈の市街地を過ぎ、しばらくすると、瓦礫の山がありました・・・野田村です。


海沿いの低地にあった集落は、壊滅してしまいました。


荒涼とした景色が続きます。


村を通り過ぎて見下ろすと、うず高く積み上げられた瓦礫の山だけが目に入りました・・・


三陸鉄道 野田玉川駅。

ここに再び列車が来るのはいつの日になるのでしょうか?

線路は雑草に覆われ、来ない列車を待ち続けている寂しげな赤信号。


海から離れた集落は、特に変わった様子もありません。


普代村の普代駅に着きました。


ホームには、車両が停まったままになっていました。


窓の中には、三陸鉄道への応援メッセージがたくさん書かれていました。


普代村の漁港は新しい建物が建ち、しっかり復興しているようでした。


村を守った巨大堤防。

この堤防の向こう側の住居は、無傷でした。
明治の教訓、15m堤防・水門が村守る…岩手

普代村から、内陸を進むR45ではなく海寄りを進むr44を走ります。


北山崎の景勝地。



雄大なリアス式の風景が見られました。

道が入り江の集落に差し掛かると、破壊され尽くした痕跡が生々しく残っていました。


何もない原っぱに見えますが、ここにもかつては集落が存在していたのでしょう・・・


入り江に建つホテル。
3階?4階の?の高さにまで窓に貼られたベニヤ板が、この地を襲った津波の高さを物語っています。


田野畑駅は、海から離れた内陸にあるので、津波被害はなかったようです。

列車の運行は休止中でしたが、駅に併設されている物産店は営業していました。

ええっ?高架橋の上に列車が取り残されている?

よく見たら、三陸鉄道の色に塗られた水門の管理室でした。

トンネルから出た線路は、その路盤が鉄橋もろとも流されて跡形もなく消えて無くなっています。

こういう景色は、道が入り江に差し掛かる度に見られました。

田野畑村を過ぎて、再びR45に戻ります。

高規格のバイパスが出来ているようなので、そちらを走ってみます。

田老町を経て宮古市に入りました。

海に近い市街地は、木造の建造物は殆ど消えてなくなっていて、残された鉄骨の建物も低層階は破壊されたままになっています。

途中の道路の電光掲示板で、宮古地方に大雨警報が発令されたと表示されていました。

いよいよ台風が近づいてきたようです・・・

雨は断続的に激しく降り、強い雨の時にはシールドをたたきつける雨の音が凄くて、耳を覆いたくなるくらいでした。

宮古市内に入りました。

岸壁に苔むした妙な建造物?あれはなんでしょ?旧日本軍の軍事施設かな?


港の近くには、壊れたままのガソリンスタンドが・・・


と、このGSの前で信号待ちをしていましたが・・・

ブチっ!という音とともに、クラッチワイヤが切れてしまいました・・・

あぁなんてこった・・・

でも、こういう時の為に、予備のクラッチワイヤーは持ち歩いているのでした(笑)

しかし、この雨の中、ワイヤー交換はきついな・・・

宮古の市街地を少し走ると、営業中のガソリンスタンドがありました。
この店は津波被害を受けたようで、今まさに復興の為の工事中でした。
事務所も、作業場もがらんとしたままでしたが、電気は通って照明が灯っていました。

事情を話して、工賃をお支払いしてワイヤー交換作業をお願いできないか聞いてみましたが、自動二輪は出来ないと・・・

ならば自分でやりますのでと軒先をお貸りして作業しました。




そんなこんなで、おかげさまで雨に当らずに作業ができたので、さっさと片付きました。


場所をお借りしたのでお代を払いますというと、受け取ってくれません・・・

あぁ、これは困るんだよな・・・

本当は自分でやった方が早いのは判っているのですが、設備や場所をお借りするのに只では嫌なのです・・・
だから、仕事としてお金をお支払いしてお願いしたかったんだけどな。
そうすれば売上協力にもなるし・・・

でも、頑固そうな店長だったので、お金は絶対受け取ってもらえそうもありませんでした。

お礼を言って、先に進みましたが、気持ちが収まりません。
すぐ先にローソンがありました。
こちらのお店も津波をの被害を受けたけど復興を成し遂げ営業再開したお店でした。
缶コーヒーなどを見繕って買い込み、先ほどのガソリンスタンドに届けました。
「復興、頑張ってください!」
そう伝えて、宮古を後にしました。

宮古市市街地からR106にて、盛岡を目指します。

この道は、JR山田線と並行する山間の国道です。

「腹帯」という変わった地名がありました。
旧道を見つけて集落に入ってみると、小学校がありました。

後で調べたら、すでに茂市小学校と合併となり、こちらの施設はもう使われていないようでした。

JR山田線 箱石駅。ずいぶんのっぽな駅舎でした(笑)


ホームに上がってみると、何とも趣のある駅でした。


国道の脇を流れる閉伊川は、川幅一杯に濁流が渦巻き、物凄いことになっていました。

雨も、時折すごい勢いで降ってはさっと降りやんだり・・・

ビビりながら山を越え、やっと盛岡市街地に着きました。


盛岡駅のすぐ前のビジネスホテルが今宵の宿です。

夕方になって、物凄い風が吹いていました。

ホテルにチェックインし、風呂に入り、盛岡駅の駅ビルのデパートで家に土産物を送りました。

駅の中を少しぶらついて・・・

駅ナカにはこれと言ってめぼしい食べ物屋が無かったので、駅前の繁華街を歩いてみました。

盛岡名物と言えば冷麺!そうだ、冷麺を食べよう!
良い具合に、すぐに冷麺の店が見つかりました。
ぴょんぴょん舎
迷わず盛岡冷麺を!

どこらへんが盛岡なのか良く判りませんでしたが、なかなか美味しい冷麺でした♪

続いてネギのチヂミ!

こちらは、アツアツモチモチでとても美味しかった♪

そんなこんなで、盛岡一日目の夜は更けて行くのでした。
20時頃から窓の外は暴風雨となり、外の虎落笛(冬ではないけど・・・)の音がサッシ窓の中まで聞こえてくるほどでした。

続き(9/22分)はこちら

<走行距離 285.3km/1392.2km>